Archive for 3月, 2012

水野 清さん「ジャン=ジャック・ルソーにおける国家と自由」

マンデーサロン 3月19日(月)

テーマ:「ジャン=ジャック・ルソーにおける国家と自由」

講師:研究員 水野 清さん

マンデーサロン

今回のマンデーサロンは、2010年3月に「ジャン=ジャック・ルソー研究序説―『山からの手紙』における政治思想―」と題する論文を本研究科に提出して修士号を取得され、その後、研究生としてルソーの著作と格闘し続けておられる水野清氏による報告が行われた。水野研究員は、1927年(昭和2年)生まれの御年85歳。名古屋市で高校の教諭(簿記)として長年教鞭をとってこられた経験をお持ちになり、定年後も、ルソーの政治哲学や教育論を学び続けてこられた。サロン当日は、水野研究員の高校教諭時代の「教え子」だった2名の方々を含む17名の教職員・市民が参加した。

さて、本年(2012年)は、ルソーの生誕300年、『社会契約論』および『エミール』の出版250年のメモリアル・イヤーにあたる。21世紀の現代においてなおルソーの著作に関する研究が続けられているということは、彼の作品の数々が現代においてもなお光輝く内容を持ち続けていると同時に、その解釈や評価をめぐって激しい対立が続いていることを意味する。水野研究員の今回の報告では、<ルソーの『社会契約論』は、「国家」との関係において、人間の「自由」の問題をどのように論じているか>という難しいテーマが扱われた。報告者は『社会契約論』を精読し、ルソー自身の言葉に基づいて説明するという方法で、「社会契約によって成立する自由と自然状態の自由」、「国家からの自由と国家による自由」、「ルソーと共和国思想」、「一般意志(volonté générale)、民主主義および国家と政府について」、「ルソーは全体主義の創始者という指摘の検討」という順番で論じていかれた。マンデーサロン

報告後の質疑応答では、本研究科教員から鋭い質問が相次いだ。①バートランド・ラッセルの「ルソー=全体主義者の創始者」論に対する報告者の反論として、一般意思の形成プロセスに基づく反論は理解できるとしても、「一般意志」の概念そのものへの批判に対しては解答できていないではないか(結局、「一般意志」とは何か)、②共和主義と民主主義はいかなる関係にあるのか、③国家を形成する主体としての構成員たる「国民」とはいったい誰を指すのか、といった質問である。報告者においては、いずれも今後の検討課題となったが、現在、水野研究員は、それらに対する一定の回答として、<ルソーはどんな人物か、教育論『エミール』、政治論『社会契約論』・『山からの手紙』>について紹介する書籍(仮題『ルソーを読む』)を年内中に御出版予定であり、また研究員として「ルソーとフランス革命期憲法」について引き続き研究を進めていくことになっている。

サロン終了後は、「お疲れ様会」を開催し、ちょうど私の親と同年代に当たる水野先生の「教え子」の皆様ともお酒を交わしながら、水野研究員の若き高校教員時代のお話も伺うことができ、楽しい一時を過ごさせていただいた。

菅原 真(同研究科准教授)

平田雅己准教授「オバマ政権時代の銃器政治と運動事情」

48回サイエンスカフェ 2012年3月18日(日)

テーマ:「オバマ政権時代の銃器政治と運動事情」

講師:平田雅己 准教授

昨年1年間の在米研究を終えて帰国された平田先生が講義されるサイエンスカフェに参加しました。これは前回2009年の続編となるもので、最新データ資料や滞在中の出来事を交えてのお話しでした。サイエンスカフェ

9.11から10年後の世論調査では、米国民の間に自衛意識が強まり、公共の場の監視カメラを71%が容認し、空港でのセキュリティチェックもより厳しくなってきました。自由の国アメリカが「自由」より「安全」を優先するようになってきたのでしょうか。そして主要都市の重犯罪率低下傾向も、銃規制派には逆風だというのです。銃規制を公約に掲げたオバマ大統領でしたが「現実主義的理想主義者」であるが故、対策は後回しになり、更に中間選挙の共和党勝利によって手が付けられずにいる状況下、2011年1月アリゾナ州で6人が死亡した痛ましい銃乱射事件の背景は、銃規制の甘さを写し出していたと詳しく教えていただきました。

こうしたアメリカの銃社会実情を聞くのは今回が初めてでした。歴史背景や日本では理解できない米国民の銃依存に、疑問が広がるばかりでした。政治に期待ができず、状況改善はとても難しいのでは、と気が塞ぎかけた時、滞在中の平田先生と、ある一人の銃撃事件被害者青年との交流の話に、とても興味を惹かれました。25歳の青年は悲劇を経ながらも現在、銃規制運動の中心で行動を続けているそうです。その勇気と社会や人への肯定的な可能性を見出そうとする生き方は印象的でした。

そしてこの日ゲストとして、1992年留学先のルイジアナ州で銃の犠牲となった高校生服部剛丈君のご両親が招かれていました。服部ご夫妻は銃規制を訴える活動をしながらYOSHI基金を設立し、「銃のない社会」を学んでもらいたいという思いで毎年アメリカ人高校生の招待を続けてこられました。
今回先生が講義してくださった大きな社会問題と、それらの改革に取り組む個人の行動力の関連付けは、アカデミックな講義にとどまらず、NPO活動に携わる私へのモチベーションを捉え直させてくれるよいメッセージでもありました。
遠い国での出来事としてしまいがちな銃問題。「銃犯罪は日米安保下の日本でも起こりうる。服部君のことも今後、郷土の戦争平和・暴力をめぐる歴史の一つとして位置づけ記憶に残して行きたい。」と最後に先生が述べられたことが心に残りました。

熊本亮子(「ピースあいち」ボランティアスタッフ)