土屋勝彦教授「越境する文学」

第26回 サイエンスカフェ 2009年7月19日(日)

テーマ: 「越境する文学」

講 師: 土屋勝彦教授

7月のサイエンスカフェは、「越境する文学」という題で、土屋勝彦先生による講義が行われた。 はじめに、越境文学についての定義の説明がなされた。「母語以外で執筆された文学」という狭義から「ナショナリティ、人種、男女の境界を超えた文学」という広義にいたるまで、越境文学とは幅広い意味を持つことが分かった。

次に、ドイツ語圏の越境作家の紹介と、社会的状況と文学のつながりについて説明を受けた。越境作家たちは、東欧再編やベルリンの壁の崩壊など、現代社会が抱える政治的問題と文化的問題の中で葛藤し、その問題を相対化し、異化している。複数の文化を往復しつつ執筆する越境作家たちは、アイデンティティの模索のため苦しんでいるが、それが制作活動においては、力になる側面もあるそうだ。

例えば移民の武器は、文体表現の新しさである。秩序言語に対して抵抗し、新たな表現法や言語感覚によって言語の規範性から離脱する。母語のイメージを制作言語に置き換えることにより、斬新な文学表現が可能なのだろう。母語以外の言語で執筆する作家は、言語に対するハンディキャップを武器にすることで、大きな可能性を秘めていると感じた。

質疑の時間には、多くの参加者が積極的に質問し、予定の時間を超過するほど、さまざまな議論がなされた。「越境文学」は参加者の年齢も性別も興味の方向さえも超えて、多くのことを語ってくれたのではないだろうか。

野田いおり (同研究科博士前期課程)

石川洋明教授「子どもの虐待を防ぐ」

第25回 サイエンスカフェ 2009年6月21日(日)

テーマ: 「子どもの虐待を防ぐ」

講 師: 石川洋明教授

梅雨の中休みの午後、「カフェ・グラシュー」には20名ほどの受講生が集まった。小学校教諭をしている妻から、しばしば「児童虐待」の生々しい実例を聴かされている私にとって、今回のテーマは実に興味深いものであった。

「いつから子ども虐待が問題になったか」という、「子どもの虐待」の歴史的経緯の説明から始まった今回の講義は、有名な「メアリー・エレン事件」(1874年・ニューヨーク)の概略説明へと移行し、やがて20世紀後半の「子ども虐待防止ルネッサンス」の話題へと推移した後、主に日本の抱える現状と課題の提示、そして打開策についてのテーゼへと深化した。

今回の「サイエンスカフェ」における講義も、石川先生の豊富な国内外でのフィールドワーク経験を背景にしたものであり、ある事例や事象に対して先生自身が「実感」した感触と、それに基づいて構築された虐待防止のための理論的裏付けとが、絶妙のバランスを有し確実な説得力を帯びていた。

殊に「子ども虐待支援の層構造」についての説明は、明解にして肝要なポイントを押えたものであり、参加者が深く頷く姿が印象的であった。加えて「貧困と子ども虐待」の説明においては、「貧困の閾値」について解説した後に、日本の現状を語るという道筋を踏んだせいか、日本の抱える現状が予断を許さないものであることを強く印象付けられる結果となったように感じている。

最後に石川先生の研究方法が、理論社会学の確かな裏付けを基にしたフィールドワークであることを、改めて認識させられる講義であったことを付言したい。

太田昌孝(同研究科博士後期課程)

Anna Pegler-Gordon先生「写真から見るアメリカ合衆国の移民政策1875-1930年」

講演会 2009年6月13日(土)

テーマ:「写真から見るアメリカ合衆国の移民政策1875-1930年」

講 師: Anna Pegler-Gordon先生 (ミシガン州立大学ジェームズ・マディソン校)

、ミシガン州立大学(ジェームズ・マディソン校)のアンナ・ペグラー・ゴードン先生の講演会6月13日(土)14時より、ミシガン州立大学(ジェームズ・マディソン校)のアンナ・ペグラー・ゴードン先生の講演会が1号館1階会議室において開催された。今回、ペグラー・ゴードン先生は、日本アメリカ学会とアメリカ歴史家協会(OAH)の2009年度短期滞在研究者派遣プログラムによって来日され、本学人間文化研究科が受け入れ先となった。講演会は「写真からみるアメリカ合衆国の移民政策1875-1930年(In Sight of America: Photography and U.S. Immigration Policy, 1875-1930)」と題し、本研究科のアメリカ文化研究会と名古屋アメリカ研究会の主催、人間文化研究所の後援により、研究者だけでなく市民の方々にも理解いただけるように日本語の通訳を交えて行われ、合わせて49名の参加者を迎えた。

講演の内容は、アメリカ合衆国でその年に発表された優れた歴史研究論文を集めたThe Best American History Essays 2008に選ばれた論文を基にし、今年9月に出版される新刊の一部を紹介いただくものだった。気鋭の移民史研究者として注目されるペグラー・ゴードン先生の研究の新しさは、移民史研究の資料と方法に写真を取り入れ、写真による可視化の問題を論じた点である。具体的には、19世紀末アメリカ合衆国において中国系移民が排斥される中、科学的な管理強化に基づき証明写真が導入されたのに対し、一部入国が許可された中国系移民がアメリカの中産階級の規範に適合的な人物像を写真によって造形し抵抗を試みた点を分析することによって、アメリカの移民政策に内包された人種主義と移民の対抗戦略を明らかにした。講演には多くの質問が出され、講演会終了後にはペグラー・ゴードン先生を囲んで懇親会も行われた。

この講演会以外にも、12日(金)午後と13日(土)午前には研究者向けの2つのセミナー、セミナー1 “Nativism and Indigenismo: Mexican Immigrants and Mexican Arts in the United States, 1929-1940”とセミナー2 “Seeing Immigrants through Ellis Island”、15日(月)5限には学部生向けの特別授業 “Mexican Immigration: Past and Present” が開催された。今回の招聘により、多くの研究者だけでなく、本学の大学院生や学部生、市民学びの会を含む市民の方々も最新の移民史研究の成果にふれて、アンナ・ペグラー・ゴードン先生と研究交流を行うことができたのは有意義な機会だったと思われる。

山本明代 (同研究科准教授)

吉田一彦教授「本願寺の歴史と史料 -本願寺展に寄せて-」

第24回 マンデーサロン 2009年5月18日(月)

テーマ: 「本願寺の歴史と史料 -本願寺展に寄せて-」

講 師: 吉田一彦教授

吉田一彦マンデーサロン

去る5月18日に、吉田一彦教授を講師に迎え、マンデーサロンが開かれた。5月31日までの会期で、名古屋市博物館で開かれている「本願寺展」にちなんだ、大変刺激に満ちた内容であった。

すなわち、本展覧会に出品されている史料(滅多に見られないものが多い!)の写真を映しながら、前半では、親鸞の没後、その廟を発展させて創建された本願寺がたどった歴史を、親鸞の血統を引く弟子達の人間関係を軸に確認してゆき、後半では、本願寺ゆかりの文書・絵画などの文化財を取り上げながら、その歴史史料的および美術史的価値についてわかりやすく解説された。一時間を超えるお話しの後、参加者から本願寺や真宗に関わる具体的な質問が出され、さらに充実した内容になった。

今回は、名市大と市博物館の種々のレベルでの連携が始まったことを受け、マンデーサロンのPRを博物館にも依頼したことも功を奏し、過去最高の50名の参加者を得た。今後、研究所と博物館の連携も模索し、研究所の活動を一層充実させてゆきたい。

阪井 芳貴 (同研究科教授)

菅原真准教授「ホームレスと『住所』・『居住』権」 

第24回 サイエンスカフェ 2009年5月17日(日)

テーマ: 「ホームレスと『住所』・『居住』権」

講 師: 菅原真准教授

今月のサイエンスカフェは、「ホームレスと<住居>・<居住>権」と題し、菅原真准教授の講演が行われました。当日は雨が降る悪天候でしたが、10名の方に参加いただき、終始アットホームな雰囲気でした。

講演冒頭、派遣切りやワーキングプアに見る、近時の若者の労働環境問題に触れ、“「絶望」する若者たちに人文社会科学は「希望」を語ることはできるのか?”という問題意識を持ち、路上生活者又はホームレス状態にある人の「人」権・「市民」権である、「住所」や「居住」をめぐる憲法学的考察をするに至った経緯が説明されました。

次に、実際の訴訟内容とその判決を追いながら、法律上及び行政上、ホームレスの「住所」・「居住」はどう考えられてきたか、民法上・公法上の「住所」観念はどのようなものか説明がなされた後、「住所」がないことで社会的に不利益になることの具体例を挙げ、「住所」・「居住」権を考察しました。また、ホームレスが居住している場所は、公園等の公の場所であることから、ホームレスの自立支援法と都市公園法の規定の矛盾を見ながら、ホームレスの「住所」・「居住」権と公の空間占有権限の問題についても考察しました。サイエンスカフェ

講演終了後は、質疑応答及び講師・参加者を交えての意見交換を行いましたが、身近な話題であり、実体験を踏まえた活発な発言がなされました。

昨今の雇用制度や経済状況の変化から、ホームレス自体の実態も従前とは異なってきており、その「住居」・「居住」権を考える重要性は増してきていると強く感じるカフェでした。

廣瀬直子 (同研究科博士前期課程)

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