水野 清さん「ジャン=ジャック・ルソーにおける国家と自由」
土曜日, 3月 31st, 2012マンデーサロン 3月19日(月)
テーマ:「ジャン=ジャック・ルソーにおける国家と自由」
講師:研究員 水野 清さん

今回のマンデーサロンは、2010年3月に「ジャン=ジャック・ルソー研究序説―『山からの手紙』における政治思想―」と題する論文を本研究科に提出して修士号を取得され、その後、研究生としてルソーの著作と格闘し続けておられる水野清氏による報告が行われた。水野研究員は、1927年(昭和2年)生まれの御年85歳。名古屋市で高校の教諭(簿記)として長年教鞭をとってこられた経験をお持ちになり、定年後も、ルソーの政治哲学や教育論を学び続けてこられた。サロン当日は、水野研究員の高校教諭時代の「教え子」だった2名の方々を含む17名の教職員・市民が参加した。
さて、本年(2012年)は、ルソーの生誕300年、『社会契約論』および『エミール』の出版250年のメモリアル・イヤーにあたる。21世紀の現代においてなおルソーの著作に関する研究が続けられているということは、彼の作品の数々が現代においてもなお光輝く内容を持ち続けていると同時に、その解釈や評価をめぐって激しい対立が続いていることを意味する。水野研究員の今回の報告では、<ルソーの『社会契約論』は、「国家」との関係において、人間の「自由」の問題をどのように論じているか>という難しいテーマが扱われた。報告者は『社会契約論』を精読し、ルソー自身の言葉に基づいて説明するという方法で、「社会契約によって成立する自由と自然状態の自由」、「国家からの自由と国家による自由」、「ルソーと共和国思想」、「一般意志(volonté générale)、民主主義および国家と政府について」、「ルソーは全体主義の創始者という指摘の検討」という順番で論じていかれた。
報告後の質疑応答では、本研究科教員から鋭い質問が相次いだ。①バートランド・ラッセルの「ルソー=全体主義者の創始者」論に対する報告者の反論として、一般意思の形成プロセスに基づく反論は理解できるとしても、「一般意志」の概念そのものへの批判に対しては解答できていないではないか(結局、「一般意志」とは何か)、②共和主義と民主主義はいかなる関係にあるのか、③国家を形成する主体としての構成員たる「国民」とはいったい誰を指すのか、といった質問である。報告者においては、いずれも今後の検討課題となったが、現在、水野研究員は、それらに対する一定の回答として、<ルソーはどんな人物か、教育論『エミール』、政治論『社会契約論』・『山からの手紙』>について紹介する書籍(仮題『ルソーを読む』)を年内中に御出版予定であり、また研究員として「ルソーとフランス革命期憲法」について引き続き研究を進めていくことになっている。
サロン終了後は、「お疲れ様会」を開催し、ちょうど私の親と同年代に当たる水野先生の「教え子」の皆様ともお酒を交わしながら、水野研究員の若き高校教員時代のお話も伺うことができ、楽しい一時を過ごさせていただいた。
菅原 真(同研究科准教授)
私は普段、外国人児童生徒と接する仕事をしています。外国人児童と接する中で、学習面のケアだけでなく、家庭を視野に入れたケアが必要であると感じていました。特に食育は、日本食には抵抗があることに加えて母国の食材が少ないため食材が偏り栄養バランスが悪くなりがちであること、両親が共働きであるためコンビニエンスストアのお弁当などを利用が多くなりがちであることを心配していました。何らかの対応が必要であると感じていました。そのため、このマンデーサロンを知り、勉強のため参加することにしました。
特には、マンデーサロンのタイトルにある「お前もコピペか?」にはサロン出席前までは、百科事典のたぐいの書においては、一般に使われている「コピペ」の意味とは全く同一ではないが、専門書ではない故、他の専門テキストや専門家からの知識の引用・導入は当然ではないかと思っておりましたので不思議な感覚でした。
サロンでの議論は、同書の内容と同じく示唆に満ちたものでした。特に、一つの土地にとどまり一つの言語で書く書き手の作品は〈世界文学〉となりえないのか、〈越境作家〉といえども国民としての意識を持たないわけではないのではないか、といった問いを巡り、刺激的なやり取りが交わされました。 その中で示されたのが、文学の本質としての〈越境性〉という視点です。何らかの帰属意識を持ちつつも、他者性や異質なものを自らに取り込むことによって、それまでの意識を更新してゆくことが〈越境〉なのであり、それは地理的移動の経験や使用言語によってのみ実現されるのではない――このような補助線をもって、今度は一言語の書き手や〈国民文学〉の代表選手たちの作品を読み直すとき、どのような風景が見えてくるのだろうかと、楽しみに思うサロンでした。