吉田一彦教授「日本の古代寺院と韓国の寺院」
木曜日, 7月 21st, 201143回サイエンスカフェ 2011年7月17日(日)
テーマ:「日本の古代寺院と韓国の寺院」
講 師: 吉田一彦教授
吉田一彦先生による「日本の古代寺院と韓国の寺院」と題したサイエンスカフェは、想定していたよりもずっと専門的な研究成果の報告であり、まるで学会のようなアカデミックな内容であった。しかし、明るく明快な小気味よい口調で、論理的な説明を鮮やかに語る先生の姿を目の当たりにして、学問の本質的な愉しさを感じることができた。
仏教は、1世紀頃中国に伝えられ、4~5世紀に朝鮮半島へ、そして6世紀に百済から日本へと伝来した。考古学上、日本最古の寺院と目される飛鳥寺を筆頭に、古代寺院の伽藍配置・塔の形状・基壇・礎石・心礎・勾欄・瓦・舎利容器などを朝鮮半島のものと比較検討して、6~7世紀の日本の仏教に百済・新羅からの強い影響関係があったことをすっきりと説き明かした。
また、仏教受容当時の実態を考えていくことで、これまで私たちが常識のように覚えてきた歴史が全てではなく、まだ解明されていない問題やもう一度考え直さなければならない問題があることを提示した。例えば、『日本書紀』の記述で、仏教伝来が百済の国から蘇我氏へ行われたと読み取れることをどう理解すべきか。日本史の教科書で「四天王寺式伽藍配置」と記憶してきた、門・塔・金堂・講堂が南北に直列に配される伽藍配置が、実は新羅の四天王寺の双塔式伽藍配置と異なるもので、まぎらわしい名称である、等々。興味深い指摘が何度もなされ、あっという間に時間が過ぎてしまった。真実の姿を知りたいという根源的な欲求が、ますます強くなるサイエンスカフェであった。

サロンでの議論は、同書の内容と同じく示唆に満ちたものでした。特に、一つの土地にとどまり一つの言語で書く書き手の作品は〈世界文学〉となりえないのか、〈越境作家〉といえども国民としての意識を持たないわけではないのではないか、といった問いを巡り、刺激的なやり取りが交わされました。 その中で示されたのが、文学の本質としての〈越境性〉という視点です。何らかの帰属意識を持ちつつも、他者性や異質なものを自らに取り込むことによって、それまでの意識を更新してゆくことが〈越境〉なのであり、それは地理的移動の経験や使用言語によってのみ実現されるのではない――このような補助線をもって、今度は一言語の書き手や〈国民文学〉の代表選手たちの作品を読み直すとき、どのような風景が見えてくるのだろうかと、楽しみに思うサロンでした。