Archive for the ‘マンデーサロン’ Category

上田敏丈准教授「保育における「スタイル」を考える-保育者は幼児にどうかかわるか-」

マンデーサロン 2011年6月20日(月)

テーマ:「保育における「スタイル」を考える-保育者は幼児にどうかかわるか-」

講 師: 上田敏丈准教授

発表内容は、保育者それぞれが持つ雰囲気という漠然としたものを客観的に表すことができないか、という視点から、保育者の子どもとのかかわり方の特性をティーチング・スタイルとして分類し、そのスタイルの違いが保育の援助にどのように影響するのかについて、実際の保育の観察を通して明らかにしていこうとするものであった。

ティーチング・スタイルは①活動に対し褒めたりうなずいたりして対応する「反応的」スタイル、②活動を指示したりすることが多いが対応は一貫、平等である「指導的」スタイル、③積極的にはかかわらず、待ち、見守る「応答的」スタイル、④情報を提供し、教えていく「教授的」スタイルの4つに分類され、「指導的」「応答的」スタイルの保育者が保育活動中の観察(片づけの場面、製作活動の場面、いざこざ場面)を通して、保育援助の違いについて考察している。その結果、保育者の子どもとのかかわり方について「指導的な関わりはよくない」「応答的に関わらなければならない」というようなステレオタイプの考えではなく、いろいろなタイプの保育者がいて、それぞれの特性を活かした保育援助を考えていくことが必要であるという結論であった。

フロアから、親のしつけ意識は文化によって異なっていると思うが、どのように影響するか、また、幼児教育以降への継続性の問題はどうかなどの質問があり、活発な討論がなされた。保育の現場での豊富な観察を通したこのような実践的な研究は、人文社会学部の保育士・幼稚園教諭を目指す学生が保育者像を構築する上で、あるいは大学院生が教育に関する研究を進めていく上で大いに参考になるであろう、と期待を抱かせてくれた。

野中 壽子(同研究科教授)

樋澤 吉彦准教授「ソーシャルワーカーは誰/何を支援する専門家なのか?-「倫理的に危険な商売」の仲間入りを果たした医療観察法下におけるソーシャルワーカーの役割-」

マンデーサロン 2011年5月16日(月)

テーマ: 「ソーシャルワーカーは誰/何を支援する専門家なのか?-「倫理的に危険な商売」の仲間入りを果たした医療観察法下におけるソーシャルワーカーの役割-」

講 師: 樋澤 吉彦准教授

マンデーサロン「ソーシャルワーカー」のタイトルに興味を持ち、久しぶりに参加したマンデーサロンだった。本講演は、医療観察法の成立による、ソーシャルワーカー(SW)、特にPSW(精神保健福祉士)の役割に関しての問題提起であったといえよう。「簡単にいえば、『余計なお世話』と『余計でないお世話』の境界はどこにひかれるのか?ということである。」とレジュメの一節にある。精神保健福祉分野における介入の問題を学ばせていただくよい機会となった。

樋澤先生は結論の一つとして「PSWが本法における強制処遇に内包する「社会防衛」的意味と「生活支援」的意味の両義性を消極的に肯定していること」を挙げられていた。個人的な体験であるが、保護観察所からキャリア支援を依頼されている私にとって、この「社会防衛」と「生活支援」という言葉はたいへん示唆的であったことを付記しておきたい。保護観察中の少年の面談に際しては、同僚から「社会防衛」上のリスクを再三指摘され、他の利用者と同様の「生活支援」を行うことの困難さを実感した次第である。

重原 厚子(人間文化研究所特別研究員)

菅原 真准教授「ジェンダーの視点から考える民法の婚姻規定―世間の「常識」と憲法理念」

マンデーサロン 2011年3月14日(月)

テーマ: 「ジェンダーの視点から考える民法の婚姻規定―世間の「常識」と憲法理念」

講 師: 菅原 真准教授

本日のテーマは「ジェンダーの視点から考える民法の婚姻規定―世間の「常識」と憲法理念」であった。講師の菅原先生の話と、参加者の意見表明があった。

先生から参加学生に対する「あなたにとって最も大切なものは?」の質問から始まる。統計数理研究所「日本人の国民性調査」アンケートでは、この問いかけに対して圧倒的に多いのは「家族」であることが判明。ところがその家族の中での女性の位置は、過去および現在においてどのようなものであったか、またあるか。 第二次世界大戦が終わるまで、「家」維持をを目的とする旧民法下、女性は「三従」を強いられてきた。女性の一生は、まず親に、次いで夫に、老いては子に従うことが求められた。戦後、日本国憲法が制定され、24条によって不完全ながらも男女平等が実現した。それに伴う民法改正(1947年)によって両性の平等と理念とする法体制ができた。

しかし、現在も多くの課題が生じている。

その主なものは、①女性のみ再婚禁止期間があること、②夫婦別姓を望むカップルがいても法律上はそれができないこと、③婚外子の相続分に差があることである。 以上につき、説明があり、その後参加者からいくつかの意見表明(質問を含む)があった。主な意見表明(質問)を以下に記す。

(1)「男女平等」についての批判があるときくが、法律家としてどう考えるか。

(2)子どもは社会で育てるべきだと考えている。婚姻外の子についての差別があるが、それがなくなると家族関係の維持に問題が生じるというが、どう考えるべきか。

(3)憲法24条における「個人の尊厳と両性の平等」と13条の「すべて国民は、個人として尊重される」との関係は。

参加した私の感想―参加者全員がこの問題に深く関心を持っていることがわかった。問題が多岐にわたっているため、後の質疑応答の時間が不足したように思われる。

水野 清(同研究科研究員)

マンデーサロンイメージ

浜本篤史准教授「開発事業の記憶と地域活性化: 御母衣ダム質問紙調査の単純集計データ(速報値)報告」

マンデーサロン 2010年12月20日(月)

テーマ:「開発事業の記憶と地域活性化: 御母衣ダム質問紙調査の単純集計データ(速報値)報告」

講 師: 浜本篤史(人間文化研究科・准教授)および浜本研究室学生

コメンテーター:山田明(人間文化研究科・教授)

今回のマンデーサロンは、浜本篤史先生の担当回ということで、私たち学生2名も報告に参加させていただきました。マンデーサロン報告内容は、2010年11月~12月に岐阜県高山市荘川町、白川村の住民の方を対象で実施した「御母衣ダムの社会的影響と地域活性化」という質問紙調査の集計速報です。これは今年、建設50年を迎えた御母衣ダムについて、地元の地域社会にはどのような影響があったのか、またこれからの地域活性化に対して住民の方はどんな思いを持っていらっしゃるのか等を目的として、春から行ってきた調査の一環で実施したものです。

質疑応答の時間には、人社の先生方や調査でお世話になっている関係者の方々から、調査データの分析方法や今後の研究方法に対して貴重なご指摘をたくさんいただきました。研究室の中での活動ではみえなかった視点や発想を得ることができ、非常に有意義な時間になりました。

早水緑(同学部生)

岡村弘子名古屋市博物館学芸員「桃山文化と御殿の深~い関係」

マンデーサロン 2010年9月27日(月)

テーマ: 「桃山文化と御殿の深~い関係」

講 師: 岡村弘子名古屋市博物館学芸員

市立大のマンデーサロンに参加させていただいた。話題は「桃山文化と御殿の深~い関係」という市博学芸員 岡村弘子さんのお話であった岡村さんは25日から市博で開催中の企画展『桃山』を担当されてきた一人で、三年前から準備されてきたとのことであった。マンデーサロン

桃山というと伏見桃山城をだれもが思い浮かべるに違いない。障壁画や豪華絢爛な荘厳、調度品が思い浮かぶだろう。桃山の時代の資料が展覧されている由だが、今日の講演は城と御殿についてであった。(展示の目玉商品に信長画像、二条城障壁画があります。)

信長が築いた安土城から始まり、秀吉の聚楽第、大阪城、そして築城400年で喧しい名古屋城、二条城と具体的に城と御殿のスタイル、設計がどう変わってきたかを、図面や絵図を使って説明された。一般的というよりはかなりのところ専門的というか、けっしてポピュラーとは言えなかった。しかし、御殿建築の様式の変化を時間の経過を追う形で説明されたので聞いていればなるほどとは思える。それでも興味がない人には、難しい話だろう。(受け手を考えた工夫がいる。)

安土城の行幸御殿は発掘結果に照らしてみて殆どこれ以上面積をとるのが困難ではなかったかと、考古学の発掘が歴史の読み解きに大きな役割をしていることは面白い指摘だった。聚楽第の絵が瓦葺の城と桧皮葺の御殿を画き分けているのもなるほどと思った。主殿の上段の間の変化など、どういう理由か形(=間取り)が変化するのも政治の場所としての御殿を考える意味で興味あることだった。問題が投げかけられたが答えは出ていない。

名古屋開府400年がユルキャラや武将隊やらを動員して歴史の真実とは言えない話を広げているころで博物館の記念企画が際物になるのは厭だなと思っていたのですが、さすがに担当学芸員さんたちは科学的な態度で取り組んでくださっていることがわかり、困難の中に努力されていることを感じた次第です。

西浦芳郎氏(市民)