【報告】別所良美教授 「持続可能な未来のための パラダイムチェンジとベーシックインカム(無条件所得)を考える」

今年度市民学びの会総会では、「持続可能な未来のためのパラダイムチェンジとベーシックインカムを考える」と題して、名古屋市立大学の別所良美教授による講演がなされた。別所教授の専門は社会哲学で、とりわけドイツの哲学者・社会学者で公共性論やコミュニケーション論で知られるユルゲン・ハーバーマスの研究に取り組んでこられた。別所教授はこれまでに大学院人間文化研究科長や人間文化研究所長などの要職を歴任され、学部・大学院の運営と並んで、ESD(持続可能な開発のための教育)研究に学部をあげて取り組むなど、研究活動の面でもリーダーシップを発揮されている。

本講演のテーマは、大きく分けて次の三つの柱に分けることができる。第一の柱は「ベーシックインカムとは何か」、第二の柱は「持続可能性をめぐる諸問題について」、第三の柱は「持続可能な社会のビジョン=「第三次産業革命」について」である。これらの柱で取り上げられるテーマは、そのいずれも私たちにとってきわめてアクチュアルな問題である。
本講演の表題には「パラダイムチェンジ」というタームが掲げられていることに注目してほしい。その意図するところは、われわれ人類が信じて疑わなかった資本主義的市場経済の下での無限の成長というイデオロギーからの脱却(すなわちパラダイムチェンジ)をはかり、再生可能エネルギーを基盤とした経済活動によって、地球エコシステムの循環の限界内で豊かさと幸福を発展・開発する社会(すなわち持続可能な社会)を目指すことなしに人類の未来はないとの警鐘にほかならない。

第一の柱は、近年わが国でも注目を集めつつある「ベーシックインカム(無条件基本所得)」をめぐるものである。「ベーシックインカム」がにわかに注目を集めている背景には、 AI(人工知能)やロボットなどのテクノロジーが飛躍的な進化をとげることにより、近い将来人間の労働が機械(ロボット)に置き換わることで失業が急増するとの予測がある(ジェレミー・リフキン著『大失業時代』)。しかしながら、機械化によって人の仕事がどのていど奪われるかについては、正確な予測は困難であり未知数の部分が多い。とはいっても、現在私たちが従事している仕事のかなりの部分が近い将来機械に取って代わられることはまちがいないと考えた方がよさそうだ。オックスフォード大学の研究チームによると、今後十〜二十年間に、アメリカの総労働人口の五割弱が機械に置き換わる可能性があるという。その中には、製造業などの単純労働だけでなく、銀行員、ファイナンシャル・アドバイザー、コンサルタント、法律家といった知的労働(専門職)も含まれているというから驚きだ。私たちはどんな仕事で稼ぎ、政府は社会保障制度をどう維持したらよいのか。この問いに対する答えとしてヨーロッパ諸国で浮上してきたのが「ベーシックインカム」という概念であり、これまでにいくつかの国や自治体ですでに実験的な試みがなされている。

「ベーシックインカム」とは、「無条件の基本所得」(Unconditional Basic Income)であり、「政治共同体(政府)が保障する普遍的な社会的人権」と定義される。生活保護などの社会保障と違って「貧困対策」ではないため、給付条件はなく誰でも「無条件で」もらえるということになる。この制度のメリットは、「無条件」で支給することによって社会保障制度をシンプルにし、行政上のコストを削減するところにある。さらに「無条件」で支給されるために受給者に「政府からの施し」というスティグマ(劣等感や負い目)を感じさせないという利点もある。要するに、社会によって存在と所得を保障されることによって、個人は自由で創造的な活動を行うことが可能になるというわけだ。しかし、最大の問題は財源をどうやって確保するかである。わが国における「ベーシックインカム」の導入に関しては賛否両論あり、今後の動向を注目したい。

第二の柱は「持続可能な社会とは何か」である。一九七二年にローマ・クラブが『成長の限界』を公表したとき、世界の人々は大きな衝撃を受けた。現状が続けば、人口増加と地球環境の破壊、さらには資源の枯渇などで、人類の成長は限界に達するという警鐘が鳴らされたのである。今でこそ、有限な地球、地球温暖化などさまざまな言葉が飛び交っているが、その起源はすべてこの『成長の限界』にあった。「持続可能」(sustainable)という概念自体も、これがきっかけとなって定着していったことにまちがいはない。『成長の限界』の 四〇年後、著者の一人、ヨルゲン・ランダースが『二〇五二 今後四〇年のグローバル予測』を発表した。本書は「ローマ・クラブの警告にもかかわらず、人類は十分な対応を行わないまま四〇年が過ぎてしまった」という危機意識から発している。「問題の発見と認知」には時間がかかり、「解決策の発見と適用」にも時間がかかる。そのような遅れは、ランダースが「オーバーシュート(需要超過)」と呼ぶ状態を招く。オーバーシュートはしばらくの間なら持続可能だが、やがて基礎から崩壊し、破綻する。
それでは、このような地球環境の危機(崩壊)から脱出するための具体的なビジョンをわれわれはどこに求めたらよいのだろうか。この問いに対する回答を示しているのが本講演の第三の柱、すなわち「持続可能な社会のビジョン」であり、それはジェレミー・リフキンの『第三次産業革命』で展開されたビジョンである。この著書でリフキンは、過去二回の産業革命の歴史から証拠を引用し、それに関連する出来事をプロットし、そこから未来を構想していく。さらに本書では、化石燃料や原発に依存した中央集権的な体制から、自宅で再生可能エネルギーを使って発電し共有するエネルギーの民主体制への変換をテコにして政治、教育、経済の新たなパラダイムシフトをめざすというビジョンが大胆に展開されている。

リフキンによれば、「インターネットという新しいコミュニケーション手段」に「再生可能なエネルギー」が結びつくことで第三次産業革命は起こる。周知のように、ドイツのメルケル政権はリフキンを政策ブレーンに招き、脱原発をはじめとして中央集権型から分散・水平型のネットワーク社会へ向けてパラダイムシフトに踏み切っている。この革命に成功した未来社会は次のようなものになると予想される。再生可能エネルギーを建物や家が生み出し、余った電力の一部を水素として貯蔵し、天候不順などへ対応する。各家庭やビルで生産された電力は効率化された配電網を活用して売買される。再生可能エネルギーを活用したプラグイン充電式や燃料電池式の車両で移動し、各地に配置された充電ステーションで充電する。これが第三次産業革命で生まれる物語の大筋である。過去の産業革命のプロセスを考慮すると、移行期間は半世紀ほどかかると予測されている。
リフキンは、資本主義の原理に基づいて生産性を極限まで最適化すると、モノを生産するためにかかるコスト(限界費用)が限りなくゼロ(無料)に近づくはずであり(リフキン著『限界費用ゼロ社会』)、そうした社会が実現すると資本の動きが発生しなくなるため、資本主義が成立しなくなってしまうという矛盾を指摘している。それにともなって資本主義は縮小し、資本主義市場でも政府でもない、シェアの意識に基づいて共同する自主管理活動の場「協働型コモンズ」が台頭しつつあるとの予測がなされる。

最後に、今回の講演における別所教授のパワーポイントを駆使してのプレゼンテーションは詳細かつ広範にわたるものであり、私としては大いに啓発されるところがあったことを申し添えてむすびの言葉としたい。

(村井忠政名古屋市立大学名誉教授)
名古屋市立大学人間文化研究科「市民学びの会」