谷口幸代准教授「文学の中の丸善」

第35回 サイエンスカフェ 2010年5月16日(日)

テーマ: 「文学の中の丸善」

講 師: 谷口幸代准教授

「記憶の中の丸善」

谷口先生のお話をうかがいながら、子どもの頃からあこがれていた丸善が明治時代から文学者のみならず知識人にとって、舶来文化との重要な接点だったことを再認識しました。そして東京日本橋の本店や名古屋店の正面玄関を入ると突きあたりに左右に分かれて階上へ進む階段のある風景や、早く丸善で洋書が買えるようになりたいと思って青年期を過ごしたことを懐かしく思い出していました。それが、私たちの世代の大人への通過儀礼であったと思います。

谷口先生とはかなりの期間同僚であったのに、私は先生の講演を聴くのは今回が2回目でした。周到に準備された講義内容と資料、誠実なお人柄が伝わる朗読など、とても感銘を受けました。 あっという間に予定の時間が過ぎ、五月晴れにふさわしいさわやかな気持ちで帰途につきました。次回は、科学者からみた丸善を聴いてみたいと思います。

後藤 宗理(椙山女学園大学教授)

田中敬子教授「アメリカ文学とボーダーランド」

第34回 サイエンスカフェ 2010年4月21日(日)

テーマ:「アメリカ文学とボーダーランド」

講 師: 田中敬子教授

今回は田中敬子先生が、メキシコ系アメリカ作家の作品が歴史の中でどのように登場し、どのような意味のある作品であったかを講義された。 ボーダーランドとは国境地帯で、広義には異文化が混在する地帯を意味する。グロリア・アンサルドゥーアの『ボーダーランド』というタイトルの本は狭義にはアメリカとメキシコのボーダーを主として意味している。  しかし、古典的アメリカ文学におけるボーダーランドとは、文明と自然の境界としてとらえられている。19世紀においても同様なとらえ方で作品が書かれたが、自然への傾斜が見られる。異文化とのボーダーランドをアメリカが強く意識するようになったのは、20世紀後半といえる。サイエンスカフェ

さて、1821年のメキシコ独立や1836年のテキサス独立などの歴史を背負ったメキシコ系アメリカ作家は自分たちのアイデンティティを表す呼称を用いて「チカーノ・チカーナ文学」を生み出した。アンサルドゥーアの『ボーダーランド』(1987)はチカーナ(女性作家)文学の一作品であり、国・性別・言語などのボーダーに生きるメキシコ系アメリカ人のアイデンティティをテーマにした。 さらに、同時代のメキシコ系アメリカ人ではない白人作家がメキシコ国境を描いた作品をとりあげ、彼らにとって、アメリカとメキシコのボーダーとは異なるボーダーが存在するのではないかと結んだ。

一般的にはあまり知られていないメキシコ系アメリカ作家の作品のあらすじをわかりやすくお話いただき、文学の世界を味わうことができた。

 伊藤泰子(同研究科博士後期課程)

安藤さおり(かわら美術館学芸員)「ひめゆり 平和への祈り」展に寄せて」

マンデーサロン 2010年4月19日(月)

テーマ: 「ひめゆり 平和への祈り」展に寄せて」

講 師: 安藤さおり(かわら美術館学芸員) 阪井芳貴(人間文化研究所長)

阪井先生の主催により、沖縄のひめゆり学徒隊について、高浜市のかわら美術館学芸員の安藤さん、そしてそのバックアップをされた朝日新聞社の小倉さんからお話をうかがった。その内容はひめゆり学徒隊のみならず、戦争全般、それを後世に伝えることの問題についての話までにおよび、幅広く濃い内容であった。

安藤さんが言われていた中でも私が強く心に残ったことは、「戦争を分かったつもりになっていないか」ということであった。原爆資料館や特攻隊平和記念館など、昔私は訪れた時に涙があふれ、大変なショックを受けたことを思い出した。そして思った、「こんなことはやってはいけない」と。しかし、その衝撃ですら私は戦争の悲惨さのごく一部を垣間見たにすぎないのではないと感じた。現実では、もっと残酷のだ。戦争とは体験者にしか分からない、想像を逸脱した恐ろしさをもっていることが分かり、とても考えさせられた。また、そのような想像を絶する戦争の体験を体験者が語るのは非常に難しいという。それらの体験をふまえ、平和についての大切さを語るのは簡単ではないという。また、平和を伝えようとしても、正しく伝えることは難しい。広報の誤った解釈もある。さらに、当の沖縄の戦争を知らない世代も、沖縄の歴史や文化などを知らないこともあげられる。

私は茶華道の先生が戦争のことについて語った後に、ふと何かを思い出すようにもらした言葉が忘れられない。「戦争のことは、話し出したら切りがないけどね・・・。」どのような想いを背負って、先生は私の前でそのようなことを言われたのだろうか。戦争の悲惨さを語り、平和についての大切さを伝えることは、戦争の体験者をどれほどの心にさせてしまうのか。きっと私にははかり知れない重みをもっているのだ。「戦争の愚かさを説き、平和の大切さを後世に伝えなければならない。」よく言われることだが、それすらも戦争の経験者にとっては、今尚、残酷であるのだ。私たちはあまりにもそれを知らないのではないかと感じた。

さらに、平和を伝える場所を探すことにも苦労したという。今回は、関東の大都市では行われない。何故なら、その場所を受け入れてくれるところはなかったからだ。実は、受け入れ先はほとんど断られてしまったいう。また、かわら美術館でも入場者はほとんど年配の方々であり、戦争を知らない世代はなかなか来場しないという。つまり、平和の大切さや戦争の恐ろしさを伝えたい次世代の入場者が少ないということだ。そのためかわら美術館では、教育委員会を動かして積極的に次世代にそれを伝える働きかけをしている。平和を伝えることとは、その背景を整えることも難しいことを痛感させられた。

最後に、ひめゆり学徒隊の生き残りの方々には子供がいると配布資料を見て分かった。いわゆる「戦争の落とし子」と言われる方々である。そして、その子孫が今続いているだろう。ひめゆり学徒隊はその過半数の方々がその尊い命を奪われている。生き残った方々も、紙一重にその中に入っていたかもしれないのだ。生き残った方々の命の血脈が今に息づいているが、もし戦争などなく、亡くなった方々が生きていたら、どのような命が現在に続いていたのかを考えずにいられない。実は、私の亡くなった祖父も、空襲時に実家に帰っていて、たまたま生き残れたうちの一人であるのだ。たった1日の差である。私は戦争で、1日の差によっては生まれない命であったのかもしれないのだ。

伊澤 志奈(同研究科博士前期課程)

阪井芳貴教授「ウチナーVSヤマト」

第33回 サイエンスカフェ 2010年3月21日(日)

テーマ:「ウチナーVSヤマト」

講 師: 阪井芳貴教授

サイエンスカフェ

現在、連日沖縄報道がなされている。もちろん普天間基地移設問題だ。政治や「沖縄」について知識のない者でもテレビや新聞から基地のゆくえが気にならざるを得ない状況の今日、沖縄県美ら島沖縄大使でもある阪井芳貴教授から「ウチナーVSヤマト」の題目で講義が行われた。

まず、日本においてトップであるかワーストであるかというポジションにある沖縄の説明がされた。平成18年から20年における主要指標調査の概説で沖縄の外郭が理解できたところで、次に沖縄の歴史に移った。この歴史説明は単なる沖縄の時の推移ではなく、ウチナーからみた日本、ヤマトからみた沖縄の視点からの歴史が語られ、外からくるものを受け入れながらも自分のものに変容して受け入れて来た歴史に沖縄のあたりのよいやさしさの奥にある、したたかさ、強さを感じた。歴史を語りながら「集団自決」をめぐる教科書検定問題、米軍基地の過重負担、江戸時代に18回も行われた江戸上り、それにより琉球側と幕府側の異文化体験といった政治、経済、文化にまで多岐にわたる内容であった。

また、4月25日に沖縄県民大会が開催されることにも言及された。沖縄の人たちは県外、国外移設を求めている。しかし、政府はシュワブ陸上部とホワイトビーチ沖の2案を提示方針とし、首相は沖縄県外移設の断念を示唆したされている現在、私たちはどうしたらよいのか考えさせられる。3月下旬春分の日であったが、午前は黄砂に覆われ、午後は強い風が吹いた寒い天候のなか、19名の方が参加された。終了後、帰路、栄の繁華街を歩きながら、まわりの若者にとって沖縄はどんな存在なのだろうか、今後基地問題はどのような結果に至るのか思い巡らされる講演内容であった。

水野 美津子(同研究科博士前期課程)

梶田美香さん「地域におきる芸術教育の可能性―小学校からの実践報告」

マンデーサロン 2010年3月15日(月)

テーマ: 「地域におきる芸術教育の可能性―小学校からの実践報告」

講 師: 梶田美香さん(同研究科博士後期課程)

本学大学院博士後期課程の梶田美香さんを講師に開催された。前半は、梶田さんが小学校で実践しているプログラムに沿って進められた。初めのグランドピアノの生演奏を聴きながら、音楽教室というこじんまりした空間であったせいか、「音」は物体の振動が空気の振動として伝わることを改めて実感していた。iPodやケータイで音楽を聴くのでは味わえないであろう、空気の振動を皮膚で感じるような一次的経験が子どもの発達過程において重要である、という講師のメッセージが込められているようにも感じた。

続くヤマハミュージック東海の佐橋さんの「チェンバロは叩くのではなく引搔いて音を出す」「グランドピアノはレペティションレバー機構によって鍵盤が素早く戻る」などのピアノの仕組みに関する話も、とても興味深いものであった。さらに、演奏された曲のイメージから題名をつけてみたり、グランドピアノの周りでハンマーが弦をたたく様を目の前で見たり、受動的のみにならないよう工夫されていたが、子どもたちとは異なり、目の輝きや反応がやや鈍っている聴衆を前にお二方ともやりにくかったのではないかと思う。

後半はパワーポイントによる報告で、音楽など芸術の専門家が、外に出かけて行って芸術普及活動を行う「アウトリーチ」について説明がなされた。梶田さんは、このアウトリーチを小学校で実施するにあたり、「総合的学習」における一過性的な活動にとどめるのではなく、音楽科教育の中に位置づけようと、意欲的に取り組まれている。特に「鑑賞」だけではなく「創作」すなわち曲作りまで行うことで、子どもたちの音楽に対する意識が大きく変化したであろうことが推察できる。おそらく今後は実践による効果をどのように客観性をもって評価するか、について検討されていくことと思い、研究の発展に期待している。

野中 壽子(同研究科教授)
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